愛菜誕生

7月7日。妻が先生と相談して、計画無痛分娩の予約日をこの日に決めた。先生の「七夕にしておく?」という軽いノリだったと聞いている。その前に陣痛が始まったら、そのタイミングでの出産になるが、前日の7月6日までその気配はなかった。

7月6日、入院のため14時過ぎに家を出て15時に入院。妻の荷物はカバン3つ。同時入院のもう一人の妊婦さんは軽いリュック一つ。出迎えてくださった病院スタッフさんが一言。「荷物多いですね(汗)」。帰宅後、僕は家のお掃除と片付け。

翌7月7日、お昼前にそろそろと妻より連絡がありクリニックに向かう。午後には出産かと思ったがここからが長かった。クリニックについたのは12:45過ぎ。手術室みたいなところをイメージしていたが、実際のところは設備が整った個室といったところ。麻酔を入れつつ陣痛促進剤を投下しているものの、なかなか下りてこない。

18:25、子宮口が全開。ここからが勝負だがなかなか下りてこない。

20:30、先生の診察。開帳から時間が経過しているので、場合によっては帝王切開になる旨の説明をうける。ここから二時間が勝負とのこと。

23:00、夜勤の助産師さんが部屋を訪問してくれた。後から聞いた話だと、隣で分娩が始まったため、このタイミングでは帝王切開ができなかったよう。それもあってこの助産師さんが、最後の調整を施してくれた。妻の姿勢を左右に振って、赤ちゃんが下りて来るのを待つ。「私がなんとかするから、もうちょっと(帝王切開を)待ってと先生に言ってきた」。すごく頼もしかったし、不安が吹っ飛んだ。テキパキしていて、仕事ができる方なんだと感じ、ついつい「助産師」をググった。通常分娩であれば、助産師が子を取り上げられる資格を持っているようだ。看護師+助産師のダブルライセンスらしい。

23:40から妻がいきみ始める。僕は妻がいきみやすみように頭を枕越しに支える役目。だがなかなか下りて来ない。妻は「(帝王切開になる)腹をくくるか」と発言。妻のお腹に傷ができることへの抵抗感はあったが、最優先は母子の命と健康。無事出産ができること。祈りながら時間は刻々と過ぎていく。

日付変わって0:25、先生からは緊急の帝王切開になる可能性を示唆され、その説明を受け、同意書へのサインをする。サインをしている間は、妻の頭を持ち上げる役目を先生が担ってくれた。適当な仕事を割り当てられたと思っていたが、意味あるポジションだったんだと認識を改めた。

同意書にサインをしてから数分後、何やら慌ただしくなった。先生方の方で「イケる」という判断になったようだ。医師一名、助産師さん三名、補助の方一名の計5名体勢。先生は鉗子を手に持つ。一名は妻に馬乗りになりすごい勢いでお腹を押す。馬乗りになる際に、頭を蹴っ飛ばされたが、それどころじゃない。想像していた以上に戦場。現代医学がこれだけ発達しているのに、古典的な方法での出産に驚く。正直圧倒された。そしてこれだけの人が必死になっていることに涙が出た。

0:45、妻の両足の間から、赤ちゃんの頭が見えた。同時に助産師さんから「おめでとうございます!」の声が飛ぶ。産まれてきた子の頭は青白く、血まみれだった。すかさず赤ちゃんをもう一人の助産師さんに受け渡し、誕生後の処置が始まる。どうやら羊水を飲んでしまったようで、まだ自分の力で呼吸ができていないようだ。口にホースを注入し、飲み込んだ茶色い羊水を吸い続ける。

0:48、「オギャー、オギャー」と初鳴き。助産師さんが懸命に処置を施しながら我が子に声をかけ続ける。「お嬢ちゃん、自分の力で泣いてごらん。」優しい声で語りかける様が、少し大げさにいえば生死の境をさまよっている我が子に、そっと手を差し伸べた仏様のように思えた。自分の肺で呼吸をするたびに、青白かった肌がどんどん赤みを帯びていく。

身長52cm、体重3806gの大きな赤ちゃんでした。へその緒の長さは通常50cm程度らしいが1m近くあった模様。胎盤も大きかった。出血は900ccで少し多め。左目の下に鉗子で付いたと思われる傷があったが、退院する頃には治るだろうとのこと。(退院後も残っていたが、二週間もしたら完全に消えた)元気な赤ちゃんでした。

まずは母子ともに無事だったことに安堵の気持ち。子供がお腹にいるときに、障害を持っているかどうかの検査をどうするか妻と相談したことを思い出す。万が一、障害がわかったらどうするか? それでも産むことに変わりはない。それならそれで産まれてくるまでの期間を準備期間に充てよう。妻とはそのように話あっていた。見た目は元気、手の指も足の指も五本あるし、目も2つ。見た目では異常なところはわからないが、これから成長するにあたり検診等で何が見つかるかわからない。どうなるかわからないけど、それでも我が子を愛する気持ちには変わらないし、この子の成長を見守っていかねばという気持ちでいっぱいだ。子供の誕生は嬉しさよりも、安堵の気持ちとこれから長い戦いへの強い決意の方が強かった。

病院を出たのがAM3時過ぎ。近所のすき家に寄って食事して家に着いたのは4時。道中、安全運転の意識が今まで以上に芽生えている自分になんだかおかしくもあり、これが父としての自覚かと感じた。

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